【総監督】新房昭之
【脚本】大根仁
【原作】岩井俊二
【声優】広瀬すず/菅田将暉/宮野真守/松たか子/花澤香菜
【個人的評価】★★★☆☆
【あらすじ】中学生の典道と祐介となずなが主人公。夏休みの登校日でプール掃除の間に水泳で競争をする。3人の水泳の結果でその後の3人の行く末が異なる・・・。
アニメ版にはちょっと肩透かし感があります
・岩井俊二監督が1995年に「If~もしも」という企画番組内で発表した作品のアニメ化。
・23年ぶりにアニメーションで制作をした背景はちょっとわからないのですが、少なくともスタッフは万全な気がします。
・しかし、アニメーションにするという理由が見当たらず、ちょっと消化不良な印象もあります。
・では、なぜアニメーションでは問題があったのか。
・1995年の作品はそもそも小学校高学年の「大人でもなく、子供でもない」リアリティが必要で、「大人でもあり、子供でもある」設定だからこそ、最後の台詞の意味深なところにも「現実と幻想」が混在するという、「なんとなくスッキリしないスッキリさ」があるのだと思います。
・「何が言いたいのかわからない」矛盾するような書き方ですが、1995年のドラマは矛盾しているから成立している美しさがあります。
・となるとアニメーションという作品はどこまでも虚構である点からは逃れられず、どこまでいっても現実となれない宿命があるのかと思います。
・そういう点で、消化不良となってしまった原因があるように思います。これは、1995年の作品を観ていなくとも多くの方が無意識に感じてしまうところなのかもしれません。
・そこで用いられた、タイムリープの設定だと思われますが、この「やり直しのきく人生」ということが使えるとなると、もうラストの台詞の効果は生み出せないことになってしまいます。
・とりかえしのつかないことが、思い返すと苦い経験と後悔という記憶となることに、美化できる想い出になるのかと思います。
・リセットできるということがいつでもできるのであれば、その行為自体は希薄になります。そこに込める努力も希薄になるからです。
・ということで、本編の初回のリセットまでは、1995年版とほぼ同じストーリーです。
・それは良いとして、やはり炎色反応のくだりなどがなくなっているのも、別の意図があったのだと思います。なお、1995年版の炎色反応のシーンは暗示という意味合いは強いですね。このモヤモヤ感を引っ張り続けることにちょっと巧みさがあります。
・アニメ版は中盤以降で大幅に展開が変わります。逃避行を結局実行出来なかった1995年版と異なり、電車に乗って隣町くらいまでは移動します。そして何度か失敗しながらも、リセットという奥の手で切り抜けます。
・最後にプールまでたどり着くのですが、やっぱりちょっと感動は薄いです。
・遠くで鳴っている花火の中2人の世界が繰り広げられ、「今度会えるの2学期だね。楽しみだね。」とつながります。
・このセリフこそが真骨頂であり、「なずなには明確な決意と、典道にはさも当たり前のような言葉」となるわけです。
・1995年版はそのままでもエピローグで、なずなはもう居なくなってしまうのですが、この予測のなさに、大きな夏の思い出として残るわけです。
・すべての結末を描かずに物語を終わらせることで、観たものに考えさせる余地を残す名作となるわけです。
・アニメ版にはその要素をもう少し手を加え、2人の結末を描きますが、やっぱり蛇足です。全てを描かない完成度が絶妙だっただけに、アニメ版にはちょっと肩透かし感があります。