作品紹介
【監督】松居大悟
【出演】池松壮亮/伊藤沙莉/河合優実/大関れいか/屋敷裕政/尾崎世界観/渋川清彦/松浦祐也/篠原篤/安斉かれん/鈴木慶一/國村隼/永瀬正敏/成田凌/市川実和子/
【個人的評価】★★★★★
【あらすじ】主人公 照生は怪我でダンサーを諦めた青年。タクシードライバーの葉との6年間の恋愛を、7月26日の1日として描く。
サブスクで観る
もう一度観ることで、細かいところの意味合いがしっかりわかる作品
松居大悟監督は、過去に「アズミ・ハルコは行方不明」をはじめ数作の映画を監督していますが、個人的には、「自分の事ばかりで情けなくなるよ」の作風に興味を持ち、以降作品を見続けています。
池松壮亮は、「ラストサムライ」での出演から、子役として活躍し、現在では多数の作品で印象的な演技で定評のある役者です。
伊藤沙莉は、2003年『14ヶ月〜妻が子供に還っていく〜』で芸能界デビューをし、話題となっています。2006年「イヌゴエ 幸せの肉球」で映画デビューをし、脇役から主演まで器用にこなす俳優です。ハスキーボイスが特長で、アニメの声優やナレーションもこなしています。
本作は、第34回東京国際映画祭で観客賞を受賞しています。
ジム・ジャームッシュ監督作品の1991年「ナイト・オン・ザ・プラネット」から着想を得て制作されたオリジナルストーリーです。
「ナイト・オン・ザ・プラネット」は、5つの都市の同時刻で起こるタクシードライバーとその乗客との間でおこる物語をオムニバスのように描いた作品です。
ジム・ジャームッシュ監督作品の1989年「ミステリー・トレイン」をブラッシュアップして制作したような印象がある「ナイト・オン・ザ・プラネット」という映画であり、個人的には、「ミステリー・トレイン」のほうが好みです。なお、「ナイト・オン・ザ・プラネット」では、トム・ウェイツが音楽を手掛けており、「ちょっと思い出しただけ」では、クリープハイプが音楽を手掛けている対比も面白いです。主題歌は、クリープハイプ「ナイトオンザプラネット」となっています。
物語は、ダンサーの道を諦めた青年とタクシードライバーの女性との恋愛を描いたストーリーです。
「21がタクシーに乗る人生ってどんなんですか?」
序盤から、タクシードライバーをしている葉と、「ナイト・オン・ザ・プラネット」を見ているダンサーの照生の日常がザッピングで描かれていき、照生の部屋の様子をきっちりと描いています。これは、照生の部屋の変遷で時間経過を示しているところもあり、かなり重要なところともなります。
なんですが、序盤から中盤までの展開は、セリフも少なく、ちょっとわかりにくいところもありますが、中盤以降の伏線が非常に多く、あとあと響いてくる演出です。
タクシー運転手の葉は、コロナ禍でもあり2021年の時代背景を理解した上で鑑賞する必要はあります。先に言ってしまえば時間が遡るように描かれているということはきっちりと気がついてほしいところです。
タクシーの後部座席で食事をしている葉、照明担当をしている照生、それぞれが対比で描かれますが、一度観たあとでもう一度このシーンをみるとなにかグッと来るところがあります。
「明かり作っているときはいつも。でも、かっこいい人なんです。」
時間軸がどの状況なのかというところが初見では理解できないので、このつながるようなつながらないようなシーンの紡ぎ方が本作の絶妙な演出です。
この前に照生は髪の毛を切っていますが、これにも意味があります。
「お金は必要だけど、重要じゃないっていうか」
葉がコンパに誘われて店の外でタバコを吸うのですが、そこでたまたま他のコンパに参加していた男性との会話も何気ないように見えてきっちりと伏線になっています。
もう、この映画の物語の構成の仕方がトンデモナイ計算で成り立っているようにしか見えないです。でも、これも初見ではまったくわからないところがさらにすごいところです。
照生の部屋の様子も繰り返し同じような流れで映されますが、とんでもなく汚い部屋となっている状況も、細かい説明はなくても、状況でわかるようになっているのでこの演出には巧いとしか言いようがないです。
「あの、待ってもこないときは?」
「たまには迎えに行ってもいいかもしれないですね。」
実は本作に欠点を挙げるとすると、人を好きになった理由が特にないところにあるわけで、そんな明確な理由がないからこそ、ちょっとしたことが美しい思い出になっていたりするのかとも思います。
「どんな照生くんでも好きって言えるんじゃないかな、知らないけど」
「追いかけてこないのかよ」
ここまでの流れでやっと、葉と照生との会話が突然始まりますが、本作の物語の流れではこのシーンは重要になります。
照生がケーキを食べるシーンはグッときます。このときの一瞬映る時計の時間にも深い意味があります。
髪の毛を束ねるバレッタをプレゼントでもらいますが、ここから密かに音楽がながれます。ここまでさほど流れなかったBGMが静かに流れています。この演出もとても意味があります。
照生と葉の会話もとても自然で、この楽しい雰囲気は何度見ても演技に見えないくらいに良い関係に見えます。
「照生、明日も元気でいてね」
「字幕と吹き替え版どっちが好き?」
この字幕と吹替版の違いも何気ないことですが、主題歌でもあるクリープハイプの「ナイトオンザプラネット」で字幕と吹き替えのことを示しており、それがまたテーマにもつながる感じがあります。
本作は、照生と葉の両方の視点で描いているところがあり、感情移入の先を置きにくいところがありますが、本作は、照生と葉の話です。
「とまり木」の店は普通の店には見えないです。多分、ゲイの店なんだと思います。これは、終盤で明確な答えは出ます。
「愛って言葉って便利すぎない?」
水族館のシーンでの照生が葉を呼ぶときの言い方にも絶妙な2人の距離感がふくまれています。
「心の声出ちゃってるよ」
「あんたもうちょっと出しなさいよ」
このあとのタクシーでの会話も絶妙です。なお、このときのタクシーの運転手は、鈴木慶一が演じています。もう伊藤沙莉がとてもかわいいです。
「言い返さないんですか?」
葉の友人が演じている演劇の鑑賞後に、関係者の打ち上げに呼ばれて、そこでダンサーに声をかけられます。その第一声がこれです。
ここまで来るとわかるのですが、毎年、照生の誕生日を振り返っている展開となっています。
終盤で照生と葉が踊る通路は、高円寺ストリートです。多分、そこで弾き語りをしているのは、尾崎世界観となり、本作のキーマンともなっているのかと思います。なお、このダンスのシーンの最後での照生と葉の服に注意です。この演出も地味にわかりやすいメッセージとなっています。
「あれ?どっかであったことあります?」
道に迷ったミュージシャンを見送るわけですが、当然お互いはお互いでわかっているのかと思います。そしてタクシーの中で見る時間にも注目です。
「ちゃうねん、明日ね、明日がいい」
ここには葉の気持ちがきっちりと込められています。これはこれだけの説明でしっかりと伝わります。
そこからのエンディング曲のクリープハイプ「ナイトオンザプラネット」の歌詞の出来栄えが本作のために用意されただけあり、ここまできっちりと映画として成立しています。
複雑な構成の作品ですが、もう一度見返したくなる作品であり、もう一度観ることで、細かいところの意味合いがしっかりわかる作品です。
予告編
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